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さいとう・プロの劇画技術を公開した、劇画家を目指す人のテキスト
「さいとう・たかをの劇画専科」(リイド社/1980年刊/絶版)初等科コース第10回・講座です。


初等科コース・第10回・背景について(1)
 背景(バックともいう)とは、文字どおり“背後の景色”をいいます。画面のなかの人物その他の主題の背後、または空間のことで、この処理がうまくできているかどうかで、その画面が効果的に生きたり、また逆に画面全体をぶちこわしたりもします。 今回は、その背景の描きかたのいろいろについて勉強しましょう。

第10回 背景の意義と効果
 では劇画の背景のもつ意義を考えてみましょう。 背景には、その画面にとっていくつかの役目があります。 二つのカットを見くらべてください。は“人が歩いている”ということしかわかりません。ところがとなって背景が入ると、いろいろなちがいがあらわれてきます。 …人が歩いている…ときは明るい陽ざしの昼さがり、枯葉が散っているから秋らしい…場所は下町のせまい路地、道巾は4メートルくらい、大型車は入れそうにない、建ち並んだ家の感じ枯らして、大金持ちは住んでいない…といったことなどがまずわかります。 それから大切なことは、はタテとヨコの平面、2次元であった画面が、背景によって奥行きをだしたこと、つまり現実と同じ3次元の世界になったことです。 例題は背景について、その意義、役目をすっかりだしています。

(1)いつ、どこで、なにが…
背景の主たる役目に“情況の説明”があります。それはストーリィの進行が、いまどんな情況であるかを教えることです。ですから、いつ(季節、時間など)どこで(どんな場所で)なにが(あらゆる情況)をバッチリ語りかけてくれる背景でなければなりません。 の絵をもう一度見てください。 最初に目に入ってくるものは、人物ですか?背景ですか?そう、人物ですね。 それはこの絵が人物を主題として描かれたものだから当然のことです。そして背景はばくぜんと見られてしまう場合が多いのです。 しかし、注意して見られることがないからといって、いいかげんに描いてもいいということではありません。ばくぜんと見られるからこそ、こまかい神経をつかって、説明すべきこと“いつ、どこで、なにが”を、はっきり、より多く、見落とされることのないように、描きこまねばならないわけです。 人物と同じくらい、いや、場合によっては人物以上にていねいに、気をくばって描くようにしましょう。 背景は登場人物たちの“舞台”なのです。配役たちに、いい芝居をしてもらうには、それなりのすばらしい舞台が必要だということを、はじめにしっかり頭に入れておきましょう。

(2)背景の描きかた
劇画の背景となるものはいろいろありますが、なかでも多いのが町景です。 2図は「夜の下町景」、3図は「雨の下町昼景」です。1の絵から、時間と情況をかえて描いたものです。 1の昼景は」写真を参考にしましたが、夜景と雨景はまったくの創造です。Gペンのほか、竹で作った竹ペン、マジックインキなどが使ってあります。 このように背景を描くときは、そのほとんどが創造で描くことになります。実際にスケッチしてきたり、写真にとってきて描けば、実感のあるしっかりした背景になるでしょうが、しかし、そんなことをいちいちやっているひまはありません。またそんなことは劇画を描く以前の問題で、劇画を描きはじめた以上は、単なる町景や自然は、いつか見たもの、あるいは描いたものを頭に思いうかべて描かなければならないのです。 ここでも基本デッサン、スケッチの大切さがおわかりになるでしょう。 では、どうすればうまく描くことができるのか、その基本となるもの、またはコツといったところを勉強していきましょう。
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(3)遠近法をおぼえよう
私たちが物を見るとき、近くにあるものは大きく見え、遠くのものは小さく見えます。これは、目とその物とのあいだの距離がそれぞれちがうからです。 絵を描くとき、私たちの目に見えるのと同じような距離感で描こうとする方法が“遠近法”です。
遠近法は紙という平面(2次元)上に奥行き(3次元)をつくろうとする方法です。 遠近法で描くには、左ページの図のように“目の位置”と“消点”が大切なポイントになります。 目の位置(カメラの位置ともいう)は水平線で、どんな場合にも一線しかなく、消点は、つねに目の位置(水平線上)にあります。 図から目の位置と消点と求めると、図のようになります。すべての線が水平線上に集まってきているのがわかるでしょう。
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背景を描くとき、とくに建物などを描くときは、目の位置をしっかりつかむことです。目の位置がはっきりしないと、すべての線が水平線上に集まらず、距離感がくるってしまったり、建物がゆがんでみえます。つまりデッサンがくるっているということにほかなりません。
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(4)立体感を出そう
遠近法がうまく正確につかわれていると、それだけで奥行きの深い画面ができます。 ここでは、線の強弱によって、さらに“立体感”を出す工夫をしましょう。 図は一定の太さの線で描いた家、図は同じ家を、太い線と細い線を使いわけて描いたものです。 一見して図のほうが立体感を感じさせますね。図はその使いわけの見本です。 わずか2種類の線で、効果的に立体感を表現した一例です。
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※↑左端の図は、画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
このように背景を描くときにも、人物のときを同じように、より少ない線でより効果をだす、ということはかわりありません。
イ図
奥行き、立体感を表現するための、線の強弱の使いわけを、まずしっかりとおぼえましょう。 立体感をさらに強調するには“影”をつける方法があります。 斜線を使って影をつけるときは、斜線のむき、方向に注意します。 図のような影をつけると、かえって立体感をうしなう場合があります。あるいは図のように斜線の方向を統一させるか、柱の方向にあわせるようにします。
ロ図
ハ図
と図はともにどこかおかしいですね。じじつ、これはデッサンのまちがいを示す一例です。 このようなものを描く場合は、見えない部分もしっかり頭の中でおもいうかべて描くようにします。

(5)質感を出す工夫
“質感”とは、そのもののもっている感じのことで、コンクリートのビルは、固くて冷たそうでじょうぶな感じを、またワラぶきの家は、やわらかそうで暖かそうな感じをもっています。 また、石、樹木、水、人体などは、それぞれまったくちがった物質でできているわけで、それぞれがもっている質感もちがっていて当然です。 では質感は、どうすればうまく描きあらわすことができるのでしょうか? “質感を出す”ということは、たいへんむずかしい技術です。はっきりいって、こうすればいいという具体的なきめ手があるわけではありません。強いていうならば観念的なもので“それ”を“それらしく”描こうとする態度、心がまえ、といったところでしょうか。 しかし、背景を描く場合にも質感を出す工夫は大切です。質感がうまく…正確にいうなら実物に近く…表現されている背景は、その場面のムードをぐっともりあげてくれます。 それにはまず、描く対象物がなにでできているものか、よく考えてからペンをいれるようにします。 同じへいを描くにも、杉板べいとコンクリートブロックでは、ただ同じ線で描いたのでは困りますね。それでは理くつに合いません。
それでは背景を描くときの注意点をもう一度おさらいしながら、 いろいろな具体例にとりかかっていきましょう。

(6)背景を描くときの注意点

〈背景を描くときの注意点〉
1.
目の位置をきめ消点をつかむこと。
2.
線の強弱を使いわけ奥行き、立体感を出す。
3.
影をつける場所は斜線の方向を一定にする。
4.
見えない部分は、その線を想定して描く。
5.
質感を出す工夫をする。

(7)建物(ビルディングと住宅)
建物、とくにビルの場合、無数のタテとヨコの直線で構成されています。 こんなとき、フルに活用されるのがモノサシや定規で、正確できれいな線がひけます。 窓ワクの影の部分、その他、太い目の線がほしいときはサインペンなどが便利です。
は定規を活用して描いたビル。ベタの効果的な使いかた、斜線との組み合わせ、ガラス窓の描きかたなどの一例。
はフリーハンドのみで描いた農家。線の使いわけ、強弱のアクセントで、質感、立体感を出す。
には一風かわったタッチがあります。この絵はほとんどの部分が“筆”によって描かれた物です。独特のムードをかもし出しています。タッチ(線の味)がかわれば、ムードもがらりとかわるといった一例です。どんなストーリィの舞台に向いているでしょうか?
は定規だけを使って描いた都会のふかん図、はフリーハンドで描いた同じ都会の1シーンです。二つの絵を見くらべて、どんな点がちがうか考えてみましょう。 ムードや感覚的には? それぞれ、どんなストーリィに適しているだろうか?

(8)モノサシ、定規を使うときの心がまえ
定規を使った線は、かたく冷たい感じです。高いビルを描くとき、そのかたく冷たい線が生きてきます。現代の大都会や未来都市などを表現するには定規の使用がぴったりですね。 しかし、きれいな線がひける、便利だ、といって、定規にたよりすぎるのはいけません。 定規ばかり使っていると、フリーハンドで描く直線に自信がもてなくなってきて、思いきった線、感情のこもった線が描けなくなってきます。それはなにより技術の低下にほかなりません。 なぜなら定規を使ってひく線は同質のものであって、木の柱も鉄の柱も同じ線になり、ちがった質感を表現することはまず不可能といっていいでしょう。 さらにフリーハンドで描かれたものとくらべると、絵としてのおもしろ味が少なく、画面のボリューム(量感)やムードにも欠けるきらいがあります。 結論的に言えば、場面におうじて、定規の線とフリーハンドの線を適宜に組み合わせ、最上のシーンをつくりあげるように工夫するということです。

(9)建物を描くときの注意点

〈建物を描くときの注意点〉
1.
まずムードをつかむよう心がける。それにはその建物の中には人々が住み、生活していることを忘れないように。
2.
とくに遠近法に注意する。
3.
定規で線を引くときは、ペンのインクは少な目に。

「劇画専科」初等科コース第11回・講座は「背景について(2)」です。

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