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大阪より東京へ
昭和30年〜34年
さいとう・たかを
4歳(昭和15年)
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昭和11年11月3日 (…なぜか文化の日)生まれ。
小学、中学を通じてケンカと図工はクラスでトップ。
ボクサーか画家になりたいと思ったのがこのころ。中学時代は、なぜか相撲部員。ヒマとコズカイがあれば映画館びたり。
昭和25年 大阪府下福泉中学卒業後、家業の理髪店を手伝いながら、ますます映画狂いが始まる。このころ観た映画では「キングコング」「宇宙戦争」「無法松の一生」などに、いたく感動した。1日での最高記録は、4館をハシゴしての7本半。
このころより、さし絵画家から、ストーリー漫画家に志望が変更したのは映画の影響と、進駐軍が持ち込んだアメリカ漫画誌、いわゆる"10セント・コミックス"を観た事による。
当時のまんが家では、とくに峠鉄平、酒井七馬、手塚治虫が大好きだった。
昭和27〜31年 家業の理髪店を継がされ大阪・今里新地に出店。 |
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マンガ界にデビュー
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昭和30年 大阪〈日の丸文庫〉より「空気男爵」でまんが界にデビュー。2年近くもかかった大力作。
昭和31年 "赤い三角部屋""死太刀双之進""修羅の舞"など、主に〈日の丸文庫〉を中心に単行本を発表。当時の貸し本屋ブームのなかで、人気を築く。
昭和33年3月 上京。国分寺に仲間が集まり過ぎて、喫茶店ゴロの毎日。"新漫画"論争はなやかなりしころ。国分寺かいわいは"劇画村"のはしりとなる。
昭和34年 "新漫画"の名称を、辰巳ヨシヒロ氏提唱の"劇画"に統一。松本正彦、佐藤まさあき、石川フミヤス、桜井昌一、山森ススム、K・元美津の7作家とともに"劇画工房"を結成。劇画はますます貸本まんが業界に旋風を巻き起こすことになり、それとともに劇画はハイティーン層の読者を目指す。 |
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プロダクションの設立
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昭和35年4月 劇画工房の分裂とともに独立して法人組織"さいとう・プロダクション"を設立。営業、総務の担当者として実兄の発司氏を大阪より呼びよせ、劇画制作に並行して出版を始める。
これからの劇画は個人の創作ではないとの考えから、はっきりした分業制度を導入。当時まだ劇画のフランチャイズは貸本店であったが、そろそろ大手出版社の児童マンガ雑誌に劇画の"殴り込み"が激しくなる。
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雑誌への進出
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昭和42年11月 さいとう・プロ、中野区本町6-12-11に移転。制作、出版とも規模を拡大。
昭和44年 3月 〈無用ノ介〉(少年マガジン連載)テレビ(NTV系)で放映始まる。 劇画に持ち込んだ映画的技法が逆に生きて大好評。主演は伊吹吾郎、劇画の迫力そのままの演技で一躍スターに。
昭和46年 劇画通信教育ゼミナール開講。全国より約250名の劇画家志望者が受講。 |
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「劇画」の時代へ
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昭和47年4月 「バロム・1」(ぼくらマガジン連載)テレビ(NTV系)で放映開始。
「ゴルゴ13」(ビッグコミック連載)テレビ(TBS系)で放映開始。従来のアニメでなく、雑誌の画面をそのまま使った"ダイナビジョン"方式。
「やっぱり、銃声が聞こえるのはええなあ」と思った。
6月 「影狩り」(週刊ポスト連載時)東宝映画にて、映画化。主演石原裕次郎。 このころより映画制作への意欲まんまん。「ただしヒマとカネがあれば…。」作ってみたいものは時代劇、SFなど"これぞ映画、活動大写真"といったもの。
昭和48年9月 「ゴルゴ13」の映画化企画が持ちあがり東映スタッフらと、舞台となるイランへ取材旅行。テヘラン、シラーズ、イスファハンへと、モスク(寺院)と広大な砂漠ばかりを駆け回っているうち、90キロの巨体が85キロへ減量。
12月 「ゴルゴ13」東映映画封切り。主演の健さん(高倉健)については、ゴルゴ13創造のときから健さんのイメージが心の中でダブっていた。
昭和49年4月 日本漫画家協会理事に就任。 「もう劇画も"ままっこ"あつかいやないでぇ!」と大はりきり。
昭和51年3月 小学館漫画賞(劇画部門)受賞(ゴルゴ13シリーズ)「受賞はスタッフ一同のもの」と祝杯をあげる。
9月フランス、スイス、スペイン、デンマーク、イギリスなど取材旅行。「特にスペインは帰りたくなくなるくらい良かった」と帰国第一声。
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昭和52年4月 日の丸文庫・出身作家による「同窓会」パーティー開催。松本正彦、佐藤まさあき、水島新司、篠原とおる、政岡としや、沼田清、山上たつひこの各氏ら新旧のメンバー約50人が勢ぞろい。大御所手塚治虫先生も駆けつけて来られ大盛宴。思えば20年前、貸し本屋で産声をあげた漫画界の鬼っ子・劇画も、ついに「大成長」と祝盃をあげバンザイの三唱。
自慢のノドで「影を慕いて」の披露に及んで、出席していた日の丸文庫の社長、ついに感極まって涙。
昭和52年8月 「ゴルゴ13」NHK・FM放送でラジオ・ドラマ化。
9月 「ゴルゴ13/九竜の首」東映映画封切り。主演に千葉真一。
昭和53年6月 劇画の最終的形態は、昔のアメリカ製「10セント・コミックス」だとの持論がついに実り、大長編読み切り「200円ロードショー劇場」と銘うって、そのシリーズ第一作「キャノンボール・奴らの戦場」を発表。業界の注目をうける。「いつでも、どこでも、映画と同じくらい楽しめる劇画」を旗印に。
昭和53年7月 「サバイバル」(少年サンデー連載)NHK・FM放送でラジオ・ドラマ化。 |
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