『ゴルゴ13』新旧担当編集インタビュー ――分業制作体制を支える編集部の役割――

 

『ゴルゴ13』新旧担当編集インタビュー ――分業制作体制を支える編集部の役割――

 

分業制を導入するマンガ家に対して編集者は何ができるのか。『ゴルゴ13』の分業制作体制を出版社側から支え続けてきた小学館ビッグコミック編集部歴代担当者の中でもっとも長く担当を務めた西村直純氏と、さいとう・たかを先生の晩年から今に至るまで担当を務める夏目毅氏に分業制のメリットや編集者の役割をお聞きしました。

 


――まずは自己紹介をお願いします。


西村:1993年からビックコミック編集部に配属になり、『ゴルゴ13』の担当は1999年からです。14年ほど担当しました。

 

夏目:2013年入社で、最初の配属がビックコミック編集部でした。『ゴルゴ13』は、2018年の50周年タイミングから担当しています。

 

 

――長期連載の『ゴルゴ13』の編集を担当するにあたって特に気を付けていることはありますか?

 

夏目:「ゴルゴとはなんぞや」と常に意識して、理解しようとしてやっていますが、長い歴史のある作品なので時間はかかりました。今でも100%理解できているかというとそうではないです。悔しいですけど、自信をもって脚本家と用意した脚本が、さいとう先生によって変えられることもあったんですよね。でも、そっちの方がすごくゴルゴの味が出る。そのときは脚本家と反省会になりますけど。脚本家によっては、「さいとう先生がどう料理してくるかをみたい」という人もいました。さいとう先生の中にしかいない『ゴルゴ13』もありましたし、さいとう先生が『ゴルゴ13』そのものだったんだなと思います。

 


――さいとう先生のご逝去後、ビッグコミック編集部として『ゴルゴ13』はこれまで通り連載を続けていくことをすぐに表明なされました。担当編集者として役割は変わられましたか?

 

夏目:
これまでさいとう先生に頼ってしまっていたところがありました。さいとう先生亡き後、その大きな穴を埋めるため、作画スタッフ、脚本家、そして編集者が力を合わせて、日々試行錯誤しながら、劇画制作に勤しんでいます。ただ、取りまとめていく役割は編集が務めなければならないと思っています。さいとう先生もよく「編集者である以上はプロデューサーになれ」とおっしゃっていました。プロデューサーとしてしっかり『ゴルゴ13』をプロデュースしていくという心構えはさらに強く持たないといけないと思っています。先生だったらどうするかとも考えますが、その上で、現制作チームの各人がどうすきかを自分の意思と考えを持たなければならないとも思います。

これまでは脚本をしっかり納入することが編集者の一番大事な仕事だったのですが、これからは構成から原稿受領まで最大限クオリティを高めるために『ゴルゴ13』の作品全体に目を光らせて手を入れないといけない立場なのかなと思います。

 

 

――お二人が関わられている『ゴルゴ13』は早くから分業制を取り入れていました。分業制の中で編集者はどのような役割を果たしているのか改めて教えてください。

 

西村:
編集者はプロデューサーで、脚本をまとめ上げるというのが一つ大きな役割としてあります『ゴルゴ13』に関しては、脚本家さんがかなりの人数いらっしゃいますので。うまく付き合いながら、常に数ヶ月先のことを先行してやっていくことが求められます。

さいとう先生はよくおっしゃっていましたが、ストーリーを考える脳と絵を書く脳は全然別のものというのは全くその通りだと思います。それをシステムとして作り上げるというところまでなされたのは本当にすごいことだと思います。

さいとう先生が他の先生方と違ったのは、マンガ家という仕事は特別なものではなく一般的な仕事の一つとして成立しうると考えたことじゃないか、と思います。さいとう先生が仕事を始めた当時はマンガ家になるという進路を決めるにあたって、選択するための情報もないですし、どうすればいいのかわからない。でも分業制を通じて、特技をもったプロフェッショナルが集合して「仕事」として成立するシステムを作れば、色んな才能を持った人がプロとして参加可能になりますよね。

 

夏目:
編集は、さいとう先生と脚本家の間に立つ立場として、主観で「こういうエピソード・テーマ設定の脚本にしたい」という意見を持ちながらも、客観性をもって「これはネタ的に早い」とか、判断をする役割です。全体的に『ゴルゴ13』のパフォーマンスを最大限発揮できるよう調整する立場だと思います。

基本的にマンガ家って自分で絵も話も作りたい方がほとんどだと思うんですけど、それは一部の天才しかできない。特にさいとう先生が分業制を始めたころは、1人の天才が書き上げるのが主流だったと思います。さいとう先生は絵ももちろんすごく上手で構成も抜群にうまいし、--『ゴルゴ13』でもやられていますけれども――さいとう先生ご自身もすばらしいストーリーを考えられる。それでも話のバリエーションや継続性まで含めて考え、分業制でやることのメリットを見出されたのだと思います。

先生はご自身を「職人」とおっしゃいますが、先生も間違いなく天才ですし、その天才があえて分業制をとり、違う人に任せたというのは英断だと思います。さいとう先生が描き始められた当時はなかなか誰もやらなかった、原作・脚本付き作品が多くなっている現状を踏まえると、さいとう先生の先見性には驚かされます。


西村:
さいとう先生は、「劇画工房」時代にはすでに分業という考え方があって、お互いに補い合いながら一つの作品を作っていくというところまで見据えたものだったと思います。
それが周囲に理解されなかったみたいで、唯一理解してくださったのが、「劇画工房」解散後さいとう・プロダクション設立と共にスタッフになった石川フミヤス先生だったとおっしゃっていました。

 

 

――出版社からみて分業制のメリット・デメリットはどこにあるのでしょうか。

 

西村:
作家の資質として向いている方と向いていない方はいます。飲食店でいえば、何から何まで、店の雰囲気づくりから宣伝まで全部自分でやって、来てくれる範囲のお客さんに味わってもらえればいいというスタンスの方ですね。自分じゃないものが作品に入ることが耐えられない方は、分業制作は向いていないと思います。

一方、ビジネス感覚もあり、我々編集者や他の作家(脚本家や作画家)と一緒に作品をよりよいものにして多くの読者に届けるということを、一緒に夢見たいという方は分業制にむいていると思います。
作家さんの資質を見ながら分業制を提案する場合もあります。画とストーリーのどちらかが飛びぬけているときに、編集者が組む相手を探すということはあります。

 

夏目:
ビッグコミックで連載中の『ダンプ・ザ・ヒール』の場合、原秀則さんから『ダンプ・ザ・ヒール』のような発想はなかなか出てこない。だから、「この作家が描いたら絶対面白いぞ」っていう可能性がある企画を出せることが分業制のメリットだと思います。ハマれば本当に面白くなるし、ダメでも「こういうことが描けるんだ」という可能性を広げることがあり得ますし。

脚本は、編集者と打ち合わせをして、5、6点候補を出していくという作業をした方が、クオリティがそもそも高められる。作画家は絵に集中できるし、できあがりのクオリティ高くなると思っています。より一層面白くクオリティが高められる可能性がある分業制は、今後はより選択肢として大きなものになってくるかな。

デメリットは作家性が強い2人が組み合わさったときにうまくいかないケースでしょうか。

 

 

――最近は監修者が付く作品も増えていますね。


西村:
監修の方は本当になくてはならない方です。専門監修に縛られしまい作品として面白くなくなる可能性もありますので、この方ならいけそうかなというあたりをつけてお願いする感じですね。

『ゴルゴ13』では、銃器の専門家に銃の使い方の描写について、作品的に見栄えもよい使い方で描いてみたときに、もし100%無理なことでなければ「否定はできないかな」「ないとは言いきれないかなとか」の返事がもらえる。本当に駄目なことは駄目って言ってもらわなくちゃならいんですが、フィクションでこうなったら面白いでしょ、と割と柔軟な方が話がよくなりやすいと思います。

 


――分業制の広がりなどを受けてマンガ業界が市場として大きく伸びていく中で、現場の編集者の役割は変わってくるのでしょうか。

 

西村
編集者の役割はより増えてきているなという気はします。例えばテレビで取り上げてもらえるときにどう売り上げに結びつけられるかとか、目端の利かせ方とか。ツイッターなどSNSも駆使して作品を人の意識にどう残していくか、編集者が考えているかどうかで売り上げが全然変わってくる。


夏目:
やるべきことは増えています。同人誌など個人で発表できる場も多いですから、本当に目に止まる頻度を上げなきゃいけない。SNSで告知したり企業とコラボしたり、マンガを軸にマンガ以外のところの接点をどう広げていくかが、作品がより広がっていくきっかけになる。編集者から発信・提案してくっていうことは求められています。

 

 

――次世代の編集者に求められることは何だと思いますか。

 

西村:
マンガをたくさん読んでる人よりも、やっぱりイチから自分の頭で愚直に考えていくことが一番重要な気がします。

さいとう先生も貸本マンガの世界に入っときは、イチから考え、まずは貸本屋に店番をやらせてもらって、どういう客が入ってくるかその目で見ることから始めたとおっしゃっていました。今でいうマーケティング調査ですね。

 

夏目:
やっぱり自分がやりたいこととか、面白いと思うことを発信していけるのかです。伝え方や企画の立て方もふくめて、自分の意思をしっかり伝えることが編集者には求められます。

皆が新しいことをしたいと思っていますが、新しいことをはじめるのは相当に難しいことだと思います。まずは見様見真似で始めて、そこから新しいものが生まれてくるということは、さいとう先生もおっしゃっていましたね。見様見真似のうえで、いかに個性を出していくか。新しさを出していくか。「換骨奪胎」を上手く体現できるかは、非常に大切な考え方だと思っています。

 

 

左:夏目毅氏 右:西村直純氏

 

 

 

インタビュー:山内康裕
執筆:いわもとたかこ(一般社団法人マンガナイト)
編集:山内康裕