第7回さいとう・たかを賞 最終選考会録

さいとう・たかを賞は、さいとう・たかをの志を受け継ぎ、分業システムによるエンターテイメントの王道をいく作品作りに挑戦する次世代の制作者たちを表彰し、その制作文化を次代に継承するために創設されました。

第7回さいとう・たかを賞最終選考会は2023年11月13日に行われました。本年度も選考委員の許可を得て、最終選考での議論の模様を一部特別公開いたします。

 

 

※第7回さいとう・たかを賞は、2020年9月1日から2023年8月31日に第1巻が出版されたコミック作品を対象とし、2023年8月31日を応募締切として応募を受け付けました。最終選考会につきましては、例年は9月1日から最終選考会実施日までに出版された最新刊がある場合は参考資料として扱っていましたが、本年度は当該期間に最終巻が出版された作品が存在することを踏まえ、選考会において各委員合意のもと、当該期間に出版された最新刊も対象に含めて最終選考を行いました。

 

◆第7回さいとう・たかを賞ノミネート作品

『ABURA』(原作:NUMBER 8、作画:貘九三口造、小学館 マンガワン掲載)

『院内警察 アスクレピオスの蛇』(原作:酒井義、漫画:林いち、秋田書店 ヤングチャンピオン掲載)

『境界のエンドフィール』(原作:近藤たかし、漫画:アントンシク、集英社 ヤンジャン!掲載)

『HITS -ヒッツ-』(原作:柴田ヨクサル、作画:沢真、ヒーローズ コミプレ掲載)

『元最強勇者の再就職』(原作:阿久津拓矩、作画:萩尾ノブト、ヒーローズ コミプレ掲載)

『龍馬が戦国をゆく』(原作:瀧津孝、漫画:沢田ひろふみ、マッグガーデン MAGCOMI掲載)

 

◆極端な作品が集まった

 

 

 

ーまずは皆さまの総評をお願いします。

 

池上遼一氏(以下、池上):毎年応募作のレベルが高くなっていて、原作者の専門的な知識が向上している。僕くらいの歳になると、ついていけないという作品もあり、複雑な気持ちにもなりました。審査員を今期で辞めたほうがいいかなというくらい、感性がついていけないものもあって。全体的に時代が進んできているなという考えです。

 

佐藤優氏(以下、佐藤):応募作品の読者層やジャンルの幅がある中で、どのように選ぶべきかを考えました。どの作品も、作画と原作の調整がよくされていて、原作がよく読み込まれている。この賞を続けていることが、現実の世界にも影響を与えているのかもしれないと思いました。魔法もの・異界ものはなかなか物語に入っていけなかったので、偏見なくどうやって評価していくのかを考えさせられました。

 

長崎尚志氏(以下、長崎):抜きん出た作品はなかったと思います。どれも良くできていて面白いと思いますが、さきほど池上先生が仰ったとおり、今の作品に追いつくのが大変でしたね。これからのマンガ界がどうなるのかという気もしました。

 

やまさき十三氏(以下、やまさき):先に池上さんに言われちゃったんだけど、前回あたりから自分の中での戸惑いはあり、今回はますます自分のなかでどれを推せば良いのかわからないです。それは決してマイナスの意味ではなく、いい意味で作品が進化して、僕を戸惑わせていると理解しています。

 

ーまずはお一方ずつ、推したい作品をピックアップしてコメントいただければと思います。

 

池上:『ABURA』は3巻まで読んで、素晴らしい作品という印象を受けました。『院内警察 アスクレピオスの蛇』はストーリーはオーソドックスですが、正統派ならではの凄みがある作品でした。専門的な知識がある論戦は息詰まるものがあり良かったです。『境界のエンドフィール』も良かったですね。絵描きのセンスなのか、物語を単にシリアスなだけではなく、ユーモラスな展開にもっていくのに感心しました。『元最強勇者の再就職』も良くできていますが、新鮮な感じはしなかったですね。

 

 

 

佐藤:ここ3年くらい自分自身が病院生活が長かったこともあり、『境界のエンドフィール』や『院内警察 アスクレピオスの蛇』は、病院の細部をよく取材しているなと感心しました。内部の人間関係や理学療法士の独自の世界などをよく描けているなと。

 

最初に読んだ際に、最も苦手な作品だったのが『HITS -ヒッツ-』でした。わけがわからない。プロットがなく、なぜという説明がない。血みどろな世界だけれども気持ち悪くなく、楽しく読める。これは一体なんだろうと。そこから逆にこの世界にハマってしまいました。これはおそらくYouTubeのショート動画やTikTokの動画に近くて、そういうものにハマる人の気持ちがわかりました。コミックスの新しい世界を開いている作品だと思います。このはちゃめちゃな世界観を、よく作画で表すことができたなと。あるいは逆に作画が先行しているのかな。不思議な作品でした。

 

歴史を描いている『ABURA』と『龍馬が戦国をゆく』もよく調べられていますね。ただ完結しているかどうかの差がありました。『龍馬が戦国をゆく』はどのような着地にするのかによって評価が変わると思いました。『ABURA』はずっと暗く、夜の感じで、3巻完結だと遊びもなかった。内ゲバの論理は幕末からあるんだなとか、色々考えさせられるところが多かった作品です。

 

長崎:好みは『龍馬が戦国をゆく』と『HITS -ヒッツ-』です。賞として見たら『ABURA』と『境界のエンドフィール』が良くできていると思います。ただ、『龍馬が戦国をゆく』はこの先を読まないと何とも言えないところがあります。『HITS -ヒッツ-』は台詞回しが面白いです。

 

やまさき:2巻まで『ABURA』を読み、非常に良く描かれていると思いましたが、彼らは下請けの下請けのような、食い扶持を探しているアナーキーな集団ですよね。それにしてはみなが志を持っているのが気になりました。もうすこし不逞の輩の集まりらしい不穏さがあったんじゃないかと。そういうところをもう少し見たかったです。

 

一番推したいのは『境界のエンドフィール』です。素直に作画、ストーリーともに面白い。特に主人公の表情の、凛とした色気というのかな。品格を持った表情を描いていて。さまざまな場面で、立体的で多角的な表現の豊かさに圧倒されました。久世刑事の登場シーンの構成なんかも良かったです。

 

 

 

やまさき:『HITS -ヒッツ-』は評価を高評価にするべきかどうかが、今もわからないですね。

 

長崎:僕もそういう感じです。『龍馬が戦国をゆく』も面白いんだけど、わからない人は本当にわからないだろうという作品。今回はそうした極端な作品が集まっているように感じます。

 

佐藤:『元最強勇者の再就職』は中年以降、第二の人生ものとして読みました。『境界のエンドフィール』は、病院という閉じた世界…外部を入れない一種のアジール、修道院のようになっているところに、どうやって警察が入っていくのかということを描いている。久世刑事が登場するシーンは、この内部の世界を壊してくれるやつがきたぞ!ということで、あの演出になっていると思うんですよね。絵によって、1ページであらわすことができるのが、すごい画力であるとともに、作品の力ですよね。

 

ーーそれではここからは、個々の作品に絞ってご意見お願いします。

 

『ABURA』

 

長崎:僕は一番推していますが、色々な流派が戦うところが面白かったので、示現流以外の戦い方の型がなかったのは残念。それと、やまさきさんが仰った通り、ここに至るまでの過程が淡白だとは感じます。でも良く調べているし、完成度としては一番高いと思っています。

 

 

 

池上:チャンバラのアクションの描き方が素晴らしいと思います。リアリティがある。ロングやアップの取り方など、まるで映画をみているような感じがしました。このスピード感は、並の絵描きでは表現できないでしょう。似たような顔のキャラクターが出てくるのは少しわかりにくいと思いましたが。3巻の清々しい終わり方も良く、素直に読める内容でした。

 

長崎:油小路だけ切り取ったのは面白いですよね。

 

佐藤:ある瞬間が人の一生を左右することはありますからね。しかも負け組の中の、さらにはぐれもので、いい目にもあっていない。焦点の当たらないところを描いている。残念だったのは、坂本龍馬の話はいらなかったんじゃないかと。龍馬がいることで、月並みな話に終わってしまったように感じました。新撰組の話にとどめて、時代に乗り遅れた男たち、という落ちのほうが良かったのではと。

 

『院内警察』

 

池上:医学のことは僕はさっぱりわからないけど、論戦がスリリングで素晴らしい。原作者がいないと生まれない作品だと思いました。ストーリーの設定はオーソドックスですが、それゆえに凄みが感じられました。佐藤先生もリアルだと仰っていましたが、今はこうした原作が多くなっているんですかね。見せ方がうまいなと思います。

 

長崎:良くできていて面白いのですが、院内警察という設定上、常に事件があり、第三者がいないといけない設定ですよね。普通のセオリーだと、その色々な事件を描いていったうえで、最後に個人の話になって終わるパターンだと思うのですが、想像よりもはやく個人に焦点を当てた話を持ってきていたのが引っかかりました。「病院で誰にも相談できなかったところに警察が来る」ということ自体を中心に進めば、僕としてはもう少し高く評価ができたのかなと。

 

やまさき:医療界のことを細やかに描いていて、色々な面で基準をクリアしている作品だと思うんだけど、なんでしょうね。あとひとつが欲しかった。他の作品と比較すると、もう一歩、届かなかったかなと。

 

佐藤:個人の物語にすると「水戸黄門」や「東山の金さん」の構造になってしまいますよね。だから本当は、医療の構造や、病院の閉鎖的な問題などを一本の話として描くのが最初の想定だったのではないかと思いました。実際は伸びて戻って伸びて戻って…というように、脇の話の展開が続いてしまっていて、厳しい言い方をすれば、時間を稼いでいるような印象を受けます。

 

 

 

池上:ドラマにはしやすいですよね。個人の内面が描かれると面白いですから。

 

長崎:個人の話も面白いんだけど、だったら院内警察じゃなくてもいいんですよね。相談役の病院の人でも良かった。

 

佐藤:ある意味、合理的な構成なのかもしれません。ドラマ化を考えている作品と考えていない作品とで、作りが大きく変わってくるのかもしれない。

 

『境界のエンドフィール』

 

長崎:オーソドックスな設定に「幽霊」という要素を入れたことで、このファンタジーと犯罪ものの組み合わせをどのように展開していくのかが気になって、つい読んでしまう作品でした。キャラクターが良くできているのもあり、その二つで読ませちゃう作品でしたね。うまいなと思いました。あとは医学知識をきちんと調べているのも、高い評価をつけた理由です。

 

佐藤:リハビリについてしっかり調べていないと書けない内容ですね。例えば膝が痛いとき、違う箇所が原因だったり、場合によっては医者でも見つけられなくて、理学療法士とか整体師のほうがわかることも実際にあるらしいです。幽霊については、どう着地させるのかで評価が変わるため、今の段階での評価が難しいですね。偶然に偶然が重なって刑事が理学療法士になったのは、うまくハマっていると思います。

 

長崎:面白いですよね。人を飽きさせない作品だなと。

 

佐藤:「中華鍋が重い」みたいなエピソードも、詳細な取材をしないと描けないと思う。作者も自分で中華鍋を振っているかもしれない。そう考えると、丁寧に準備しているのは行間から伝わってきます。

 

やまさき:事件がどうなっていくのかはわからないけれど、この作品こそ最後まで読まないと評価は難しいですよね。見せ方がうまいなと感じはしていて。

 

長崎:3巻のあとの展開を読みたいので、あともう1巻を読みたかったですね。

 

やまさき:そうした期待感を持たせる繋ぎがすごい。

 

長崎:ただ一方で、伏線回収がどう着地するのかが不安になってしまって。だから僕は一番には推せていないんです。

 

佐藤:狂言回しを幽霊がやり、そのさらに上に死神が出てきて、二重のメタファーが出てきているところですよね。

 

池上:原作者っていうのは、着地まで考えていないものですか。

 

やまさき:考えていたほうが面白い場合と、考えていないほうがいい場合があるんですよね。

 

池上:史村(翔)さんがよく仰っていたのは、大風呂敷をどーんと広げて、辻褄あわせていくのが俺たちの仕事だと。パズルの天才なんだよと。マンガの場合は次をどう期待させるのかをずっとやっているからね。そういう意味では見せ方のうまさもあるんじゃないかと。どんどん巻数を追うごとに盛り上がりを感じさせる、その方法や技術を評価したいですね。

 

 

 

『HITS -ヒッツ-』

 

長崎:ものすごくハマって、面白かったのですが、さいとう・たかを賞として一作を選ぶときには違うのかなと。この二人はおそろしく才能があると思いました。セリフがまた面白いんですよね。さいとう先生、この作品読んだらどう思うんでしょう。

 

佐藤:びっくりすると思います。それで、たとえばLGBTQ+のような要素にしても、同性愛という枠で収まっていないですよね。「さいとう先生的」でないのは、幅を広げることにつながるので、それはそれで良いかと。

 

長崎:6巻で方向が変わっていったのが気になっています。

 

佐藤:安心感が出てきて、着地しそうだなという感じがありましたね。

 

池上:倫理観を捨てていそうだけど、そうではないんですよね。まともな恋愛観だったり。僕なんかは拒否感がある描写もあるけど、客観的に見ると面白いなと。

 

やまさき:選考の際、才能のある人をこちらの目線の低さで落としてはいけないなと思っていて。そういう意味でも、最後まで高評価か低評価かわからない作品でした。

 

長崎:どちらでもあると思います。

 

池上:並の作品ではないんですけどね。

 

やまさき:さいとう・たかを賞は、このマンガを賞に推すほど先鋭的ではない。このマンガを選ばないくらいには保守的である…というところでいかがでしょうか。

 

池上:選者が年寄りですからね(笑)。

それと、さきほど佐藤さんが仰った制作体制についていえば、ネーム原作という形でもいろいろありまして、コマがだいたいあって、それぞれの感情表現は絵描きの方が描くというのもひとつの分業です。それは、絵描きのリテラシーがしっかりしていないと描けない。

 

長崎:ネーム原作のほうが漫画家さんは大変だったり、そちらのほうがむしろ技術が必要な可能性もありますよね。

 

池上:僕は「マンガの作業というのは、ネームが終わった段階で終わっている。絵は大したことじゃない」と、これまでは思っていたんです。でも、『トリリオンゲーム』でネーム原作で進める稲垣先生との仕事をしてから考えが変わりました。「この世界にはこういう絵が合うんじゃないか」という原作者の世界観があった上で、それをさらにビジュアル化していくのも、絵描きの重要な仕事です。

 

それで言えば『HITS -ヒッツ-』は分業の極地ではないかと。コマ割りが命なんですよね。『HITS -ヒッツ-』は特にすごく工夫しているでしょう。相当、打ち合わせをしていないと作れないと思うんですよね。無駄な背景を入れず、省いた形でも今の読者はわかる。でも、それはそのコマ割りのセンスがないとダメなんですよね。

 

応募作のレベルが高くなったというのもそれが理由の一つにあるんです。今は無駄を省くから、短いページ数に密度の濃いものが入っちゃうんです。小さいコマにも無駄がなくてね。すごいなと感じるんですよね。だからコマ割りは命だなと。

 

佐藤:読者の、目に見えないところでどのような了解が存在しているのか。そこのところも(原作者が)わかっているし、それが時代によって変遷していることもわかっているんですね。

 

池上:そうですね。40代、30代半ばの原作者は若い人と同じ空気を吸っていますから。計算しなくてもできるんでしょうね。興味が共通することが多いでしょうし。長くやっていると計算しなくちゃいけなくなるので、それがしんどいのかもしれないですね。

 

『元最強勇者の再就職』

 

長崎:読みやすかったです。ノミネート作品の中で目立つものではなかったので、面白い作品ではありますが、賞には推さないですね。

 

やまさき:ハンデを背負った年配者の主役というところでは興味を持てて、面白かったけど、もっともっと主人公をいびってほしかった。そこから立ち直るくらいの話になる方が良いのかなと思いました。

 

池上:僕も発想は面白いなと。単なるファンタジーじゃないところはよかったのですが、巻数を読んでいるうちに、盛り上がりがなくて、つまらないなと。最初のほうが面白かったです。スケールが変わらないんですよね。絵柄としてはよくある絵柄で、新鮮さはないけど魅力的ですね。

 

佐藤:金を使い果たしたという設定での面白さがもっとあったはずですが、そこは描かれず、途中途中の場面を楽しむ作品だと思いました。もう少し序盤に丁寧さがあっても良かったのかな。

 

長崎:今は設定から入らずに、いきなりストーリーを始める作品が多いですよね。ヒットしている作品もそう。今のマンガを読む若い人って、設定を気にしないのかもしれませんね。その特徴が表れているのかなと。

 

 

 

『龍馬が戦国をゆく』

 

長崎:もうちょっと読まないとなんとも言えませんが、面白いですね。ただ、この段階では、賞に推すことに積極的ではありません。続きを読みたいので、また来年度以降応募があると良いなと。

 

池上:転生ものには詳しくないですが、ストーリーとしてよくできているなと思いました。絵描きからすると、絵に魅力はあまりなく、リアリティがないので、すこし薄っぺらいなと思ってしまいました。

 

佐藤:着想は面白いですし、勇気があると思います。先につながりうる作品だと思いました。今回受賞ではなくても、先が気になる作品ですね。

 

ー皆様のお話を受けて、『ABURA』と『境界のエンドフィール』から受賞作の決定をお願いできればと思います。

 

池上:僕は絵描きとして『ABURA』ですね。さいとう賞として相応しいのではないかなと思います。

 

佐藤:完結作は有利だと思います。『ABURA』はよく調べているし、歴史の中の負け組の中の負け組、あとは日本人はなぜ内ゲバをやってしまうのか。そういう深い世界を描いていると感じています。

 

長崎:僕は最初、『ABURA』推しだったのですが、(やまさき)十三さんのお話を聞いて納得したところがあり、悩んでいます。どちらかといえば『ABURA』ですが、『境界のエンドフィール』は伏線の多さがどうなるのかが気になるので、本音を言えばもう1巻読みたい…難しいなと。

 

池上:『ABURA』は2巻まで読んだ時点でも、賞に相応しいなと思いました。とにかくアクションシーンのリアリティと、作画家がこれだけの参考文献を調べて剣戟を描いていることに感心しました。

 

長崎:切り口が新しいですよね。映画『三匹の侍』のような感じで、手法としてはこれまでにもあったけれども、この題材に対する切り口としては新しい。マンガとしては『境界のエンドフィール』が面白いけど、『ABURA』は「時代劇、ありだな」と思わせるところが評価の高い理由でした。

 

池上:「男の生き様」のようなものを描いた作品を久しぶりに読んだ感じがしましたね。いま長崎先生が仰った通り、切り口がいい。油小路のみを切り取ってね。

 

やまさき:新しい作品が出てきた印象は受けますね。

 

佐藤:新撰組を扱うのは大変だと思うんですよ。膨大な資料があり、話をマンネリ化させない必要がある。新撰組から別れた非常に小さなグループに焦点を当てて、勝ち組にもならずない彼らが、なんのために戦うのかを描いている。

 

池上:美学がありますよね。

 

長崎:『境界のエンドフィール』は来年もエントリーの権利がありますよね。

 

佐藤:回収の仕方によって評価が大きく変わるリスクはありますね。『ABURA』はもっと話が伸びる可能性があった中で油小路の一点に絞ったことで、3巻に収まった。人生の中で重要な局面も、きっと何度も反芻するから存在感が大きくなる。そういう意味でもリアルで、面白いです。

あと、内部抗争に巻き込まれた人の気持ちは、私も同じ経験があるので、非常によくわかる。どうしようもない状況に追い込まれた時の美学というのかな。

 

やまさき:そうですね。そうなったら、ロジックで選択するものではないのかもしれない。

 

佐藤:もうひとつは、「自分は盾になって死んでいくけど、お前は逃げろ」というところで、言われた側は感化を受けるじゃないですか。一種の感化の物語。人は理屈で説得しても動かない。

 

池上:幕末の若者の価値観って、現代の若者にはわからないと思うんだけど、このマンガに関していえば「わかる」んですよね。

 

佐藤:現代の若者もわかると思いますよ。そして日本人だけなく、世界の人の心を打つ話だと思うんですよ。

 

池上:僕もね、これだけ参考文献を集めて、リアリティを出そうとしているところに感動しましたよ。

 

佐藤:いかに緊張して原作を読み込んでリアリティを持たせるかというところへの熱意がすごいですね。

 

池上:新しい歴史ものの感じがしますよね。一つの事件を凝縮して追求していく。一つのことを深く深く描く。

 

佐藤:新しくて古いものを上手にアレンジできるのも腕ですね。

 

ーそれではみなさまの合意により、本年度の受賞作は『ABURA』に決定しました。